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過疎化の能登で絶滅危惧種の祭り写真家の話

2018.11.29Festival


「地方創生」という言葉がある(あった)。

奥能登の田舎で生きている僕にとって、それは未来に希望がもてる言葉だった。しかし何年かたって、状況は変わっただろうか。おそらくお金は動いている。きっと国がどれだけお金をかけて施策したとしても、現地(田舎)で生きている人間が創生を実感することは、まだまだ先の話なのかなと思う。

以前、奥能登のとある宿泊施設の方と雑談していると「お客さんが来ない」ことを嘆いていた。どうやら僕が生まれる前に「能登ブーム」というものがあったようで、全国から能登へ観光客が集まった時期があった。その「良いとき」と比較すると客足は途絶える一方で、近年は宿泊施設をいつやめるか、ということを考えてしまっている。「町役場が何もしてくれないから」とも嘆いていたが、やはり偶発的、一時的なものに頼っていては、その場凌ぎになりかねない。危機感を抱いて積極的にPRしている宿泊施設も多いので、地域づくりは国の施策に期待して受け身になるのではなく、現地で生きる人間が自発的に取り組んで、「継続的」に行えることに力を注ぐべきなのだと感じた。

そこでお祭りの話だ。

「お祭り半島」と呼ばれる能登において、多くの観光客が押し寄せるのはお祭りシーズンだ。田舎を離れて都会へ行った人たちも、祭りの日ばかりは故郷へ帰ってくることが多い。それでも祭りの規模は年々縮小している。キリコ祭りの主役である「キリコ」は集落ごとに担ぎ出されることが多いのだが、高齢化や人手不足などにより、キリコの本数も減っている傾向にある。

能登の祭りを撮り始めてから、僕には友人ができた。友人といっても多くの方が高齢で、年齢は70~80代。お互いの携帯番号を知らずとも、祭りシーズンになると必ず顔を合わせる。能登の祭りを50年以上撮られている写真家・渋谷利雄さんをはじめ、渋谷さんを「先生」と慕い、祭りを追いかける羽咋写真協会の方々。年齢差など関係なく互いをリスペクトし、満足のいく写真を撮るために追求する姿勢には頭が下がる。

大きな祭りは観光として盛大にPRされることが多く、石川県外からも写真家が訪れるが、地元の小さな祭りには僕たちしかいないことが多い。真夏の炎天下の中、汗だくになって祭りを撮っている姿や、夜から朝方まで続く祭りを撮っている姿をずっと見てきた。祭りを追いかけるのは体力的にも精神的にも厳しいときがあるが、同志として良き理解者として、僕にとってはかけがえのない方たちだ。

先日能登のとある獅子舞のフォトコンテスト表彰式があったのだが、僕の友人が勢揃いした。人数にして10人ほどだったが、僕の作品を見入るようにみてくれていた。技術的な話はもちろん、機材についても参考にしていただいていた。

祭りの撮影を始めて、1年1年積み重ねていくことで生まれた人間関係。失礼ながら年齢的なことを考えるとあと10年、20年後に彼らが祭りを撮っているかわからない。体調不良や病気などで最近見かけない方もいる。

過疎化や高齢化が著しい能登で縮小していくお祭りと減っていく写真家たち。僕にできることは祭りの火を絶やさないこと。そして彼らのことを写真と共に語り継いでいくこと。能登の祭りに来られることがあったら、ぜひ写真を撮っている方にも注目してみてほしい。